沖縄タイムス:[大弦小弦]東京で電車に乗っていて、新聞を読む人をほとんど見かけなくなった…2017年6月9日

西江昭吾
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/101391
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▼若い世代を中心にニュースを得る方法が紙媒体からネットに変わった。手段にとどまらず、受け取るニュースの質も変わりつつある

▼「うちには編集部は存在しない」。あるニュースアプリ関係者の言葉だ。ニュース価値の判断は人間ではなく、アルゴリズム(コンピューターの算法)が読まれるニュースか否かを自動で判定する

▼悩ましいのは、選んだ記事が事実に基づくのか、フェイク(偽)なのか問われないことだ。むしろフェイクの方が反響を呼び、読まれるニュースとみなされるという

アルゴリズムは、受け取り手の見たい情報を推測し、嗜好(しこう)に沿った記事を選別する。その結果、閉じられた居心地の良い言論空間(フィルターバブル)に包まれ、好みに合わない情報から遠ざかってしまう

▼「意見の異なる世界が偶然目に飛び込む環境を研究している」。ニュースアプリ関係者は、アルゴリズムによる「情報の適切な混在化」を課題に挙げた。それこそネットに対抗し得る新聞の強みだろう。ふと見た記事に思わず見入る。紙面には「偶然」が詰まっている。

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要約:新聞を読まずに アルゴリズムによって流されるネットニュースアプリで情報を得ると、嗜好に沿った(偏ったもの)になる。
しかし 新聞は「情報の適切な混在化」による編集であるので 多様な情報に触れる事ができる


ニュースアプリは「アルゴリズム」によって、読者の嗜好に合わせた編集だが、、

特に沖縄2紙の場合は 編集者の偏向した政治思想で報道すべき事実を、選別、或いは(捏造に近い)曲解を経て記事にする。

それは、「読者の知る権利」や「嗜好」を無視して編集者が伝えたい記事のみを伝えるという事であり

沖縄タイムスの言う「情報の適切な混在化」とは 結局 サヨク紙の思想的守備範囲内であり、狭く小さなもの(笑)